11月のバレットジャーナル:書くよりも眺める時間を増やしてみた



手帳がうまく書けていない、と思うときはたいてい、手帳をちゃんと見ていないものです。

(今月は「一日1捨」をテーマにしました。)

バレットジャーナル

一日最低ひとつ、何かを捨てます。片づけます。

「できてない」気持ちだけが高まる

仕事は順調でも、プライベートでやりたいことがぜんぜん進まないと、ストレスがたまるタイプなんだとわかりました。

自分は「仕事=生きがい」にはならないタイプだということを、最近よく実感しています。
収入や世間的な評価に結びつかないことを思いついてはわちゃわちゃいろいろやっている時間を持てるほうが幸せを感じる。生きるために働いて収入を得ることは絶対必要だけど、収入を上げていくことはあんまりモチベーションにならない。

仕事はうまくいってるけど、日常はうまく回ってない感じがずっとしていました。

業務に使っているノートもバレットジャーナル方式で、こちらはきちんと使えている感覚があるのですが、普段使いのロイヒトトゥルムは全然ページが減っていかない。一応なにかしら書いてはいるんですけど。

*

で、手帳も大して開かない、休日もごろごろしているだけで、「ぜんぜん遊べてない、好きなことができてない、私の人生なんなんだ」みたいな気持ちが胸の中をぐるぐるするようになってきたので、これはまずいな、と思いました(今から思うと結構病んでた)。

考える前に動いてみた

10月はだいぶ余裕が出てきたので、これまで「やれてない」と感じていたことを、思いつくはしからやってみました。

そうしたら少し元気が出てきました。

行動したから、手帳に書けることも増えて、芋づる式に次にやりたいことも見つかるようになってきました。

11月のやることリストはめずらしく多い。
10月は月末の時点でも5個しか書けてなかったのに。

手帳をじっくり見てみた

そして、ようやく、手帳をじっくり見返す時間をとることができました。

びっくりしたのが、10月の連休に行った旅行の記憶が、なぜだか8月あたりに勝手に移動していたことです。
9月の大わらわだった出張の記憶よりも、ずっと昔のこととして脳内に格納されているようなのです。

数週間前のことがまるで数か月前の記憶のように遠い。

記憶の中の時間の感覚はぐにゃーんと長く伸びたりくちゃくちゃに縮んだり、実際の長さと体感の長さが違ってしまうことは理解していたんですが、順番まで勝手に入れ替わってしまうこともあるんだなと思いました。

大変だったことはいつまでもリアルに手触りを感じられ、楽しくてあっという間に過ぎていった時間は、鮮明だけども、なんだかずっと昔のことのように感じる。

はっきりした理由もなくずっと大変な思いをしているような気がして心が晴れないのはこの記憶の改竄のせいなのかもしれません。

実際に自分が行動してきたことを俯瞰できる枠にはめこんで、正しい順序とものさしで見返してみることにしました。

ムーンプランナーで振り返り

俯瞰で振り返りをするために、いろいろ試してみたのですが、いまの私にはムーンプランナーがいいみたいです。

今までにないほどにムーンプランナーの(約)2週間の区切りがしっくりきました。

バレットジャーナル

バレットジャーナルのデイリーログに「よかったこと」を残していますが、ムーンプランナーに転記することで、いろんな発見があります。思ってもみないこととの因果関係を見出したりとか。(これを以前は「ミーニングノート」的メソッドでやっていたのですが、「意味のあることを見つけなければ~」という義務感にさいなまれるので止めていました。無理に文字として書き残さなくても、一度気づいた因果関係は、見えないラインでつながっているのがわかるものかもしれない。)

で、紙面を見ながらいろいろ考えているうちに、「そもそも私が当面の目標にしていることは、ほんとうに私がしたいことなのか?」みたいな気持ちがわきあがり、思いもかけないところに着地してしまいました。

多分、がっつり忙しいシーズンを乗り越えた後だったから、ちょうどよくたどりつけたんだと思います。タイミング的に。

「思いこみ」がはずれる瞬間

振り返れば、やりたかった業務を思う存分やれる仕事を退職して結婚し、知らない土地で暮らし始めた当初、猛然と「よい妻・よい主婦」を目指して家事にいそしみ、料理も掃除も上達はしたけれど、ふと「私はこのままこれでいいんだっけ?」と気づいたあの時に似ています。

主婦の仕事は奥が深く、やればやるほど自分のスキルのなさを実感するし、タスクマネジメント的なところでやりがいは感じるけれど、「こう生きたい」と自分が思っている方向に進んでない、と気づきました。

そもそもなんで私は「よい妻」を目指そうと思ったんだっけ?

*

中国語通訳を目指していた時もそうでした。
せっかく中国語を学んだのだから、それを活かすには通訳にならないといけない、と思い込んでました。

通訳という仕事が自分に向いていればそれでよかったけど、あいにく全然向いていなかったのでしんどかった。田舎に住んでたから仕事自体もないし。
若い頃にうまくいった人というのは、無謀な思い込みがたまたま自分に合致していただけ、プラス運がよかっただけ、なんじゃないですかね。

*

今回もそんな感じで、自分の思い込みがはずれた瞬間の気持ちよさを堪能しました。

どういった気づきかというと、うまい例が見つからないんですけど、例えば、

「逃げる」とか、
「ずっと続けていたことをやめる」とか、そういうたぐいのこと。

理性では「悪いことじゃない」とわかっているけど、いざ自分がやるとなるとためらってしまうようなこと。
ためらいの元が、「逃げたくない」「やめたくない」が理由じゃない場合。世間一般がどうジャッジするかが気になる場合。

一般的には褒めてもらえないタイプのありかたをこれまで周到に回避してきたけれど、自分がいちばんやりたかったのは、回避してきた「そこ」にあったんだ、と気づく。

これまで目指してたのは、「こうじゃないといけない、みんなに喜んで/認めてもらえない」という思い込みから生まれた目標だった。なんだ、ほんとは違ったんだ。

別に他人から褒めてもらえなくてもいいんじゃないの、という開き直りは、若い頃より断然早いです。
他人や世間の「成功」とは違っていても、自分がよければいいじゃないか、というのがストンと理解できました。葛藤なく。

自分がどう生きるかの主導権

若い頃は、体力もあるし、自分の時間を自分だけに使える自由がありました。

歳を重ねると、いろんな責任や守るものが増えていきます。
だからこそ、自分がどう生きるかの主導権をきちんととること(自分のためだけに生きるという意味ではなく)が大切になってくるんだなと感じます。

自分が20代30代だったとき、それができているすばらしい人生の先輩が近くにいてくださったけど、あのときあの瞬間には、彼女たちのほんとうのすごさというのは見えていなかったことが、今になってわかりました。

手帳をじっくり眺めて、ほんとうの「ウィッシュ」を掘り起こして、仕切り直しのシーズン到来です。

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