Normal People by Sally Rooneyを読み終えました。
直前に読んだ本がアイルランドの孤島を舞台にしていたので、そういえばNormal Peopleもアイルランドのはなしで、結構意地悪な人がいっぱいでてきたなと思い出して再読した次第です。
去年一度読んだのですが、自己投影しすぎてうまく消化できていない感じがあったので、中国語版を読み、今年になってもう一度英語で読みなおしました。
中国語版も原書と同じ装丁。日本版はこちら。
あらすじ
ConnellとMarianne、ふたりの男女の高校から大学時代にかけての関係を追いかけた物語です。
高校時代は、Connellはスポーツができて顔もよくて、学校の人気者。かたやMarianneは、おうちは裕福なものの幸せな家庭環境ではなく、学校でも思いきり浮いた存在。
Connellのお母さんがMarianneのおうちの家政婦をしていることで接点をもつふたりはやがて親しくなっていくのですが、Marianneと深い関係になっていることを絶対に周囲に悟られたくないConnell。そんなConnellのずるさも引き受けつつ、対等ではない関係にやすらぎを感じるMarianne。
もうこのあたりがすごくしんどいです。
自分とのことで好きな人の学校生活に悪い影響を与えたくないと思うMarianneの気持ちもわかるし、周りの目が気になって彼女のことを隠し通したい、そのくせMarianneに言われるままに彼女と同じ都会の大学への進学を決めちゃうConnellの気持ちもわかる。
田舎町から首都ダブリンのトリニティ・カレッジに進学したふたりですが、高校時代とは状況が一変し、人気者だったConnellは都会の学生たちになじめず、目立たない存在に。Marianneはきれいになり、たくさんの友人と華やかな大学生活を送っています。高校時代にはあまりフォーカスされなかった、それぞれの家庭の経済状況の格差もふたりの関係に影を落としていきます。
相手のことを思いやってというよりは、自分が傷つきたくなくて伝えられなかった言葉の数々によって、ふたりは何度もすれ違います。くっついたり、別れたり。
章のタイトルが「一か月後」「3週間後」「半年後」のような感じで、少し空白期間を設けつつ、MarianneとConnellそれぞれの視点で語られます。後半は結構空白期間が長くなり、状況が一変したりしています。
男女の関係が1年おきに語られるDavid Nichollsの『One Day』とちょっと雰囲気が似ています。
読むたびに視点や感想が変わる
最初に読んだときは、MarianneとConnellそれぞれの悪い時期と、自分自身の同じような経験を重ねてしまい、読み進めるのが結構しんどかったです。お金に苦労するみじめさや、うまく人間関係を築けないことで抱く疎外感に強く共感しつつも、Connellのずるさ、Marianneの弱さがちょっと受け入れられなかった。
それだけに、二度目に中国語で読んだときは、終盤のあたりで彼らがすごく成長していることにすごくグッと来ました。最後のMarianneが見せた優しさと強さがよかった。
今回英語で再読したときは、ちらりちらりと見える大人のことが気になりました。この物語、大人がほとんど出てきません。全体を通じて登場するのは、ConnellとMarianneの、それぞれの母親くらいです。Connellの母親Lorraineだけが、彼ら二人にとって、子供を守る存在としての大人なんですけど、彼女の芯の強さがとても心に響きました。「必要なことは言葉にして伝えなきゃ通じないよ」というのも、彼らはLorraineを通じて学んでいるんだと感じました。
BBCでドラマ化(『ふつうの人々』)もされています。Apple TVで見れるようなので、見てみたいと思います。
今年は読んだ本の感想をできるだけきちんとブログに残そうと思っています。
感想を書くために再読しているのは、イアン・マキューアンのMachines Like Me。
中国語版タイトルは『我这样的机器』。
この本の装丁は日本語版のがすてき。日本語タイトルは「ん?」と思いましたけど。