これが現実(ありのままのバレットジャーナル)



3月から急に忙しくなりました。

仕事面でも家庭面でも、周囲のケアをする必要が出てきました。考えなければならないことが増え、頭の中がわちゃわちゃしてしまっているのに、整理をすることができなくて、余計にせわしない気持ちのまま過ごしておりました。

理想と現実の乖離

「そんなときには書き出すことで頭と心が整います」とか、言うじゃないですか。一般的には。

まあ、それはそうなんですけど、実際にはこれです。

月の半ばから、何にも書けてません。日付すら。

bujo

忙しいはずなのに、韓国ドラマをがんがん見ていたりして、考えることから逃げていることがうかがえます。

落ち着いたら日付を書いて、覚えていることだけでも書こうと思って次の見開きページを空白で確保しましたが。

bujo

その次のページは4月のマンスリーログです。
まるまる2週間、何も書いていませんでした。

bujo

3月上旬に書いたブログ記事では、比較的やる気満々なのです。
3月中旬からプロジェクトの山場が来るので、しっかり整えようという気持ちもありました。

気がついたら2月が終わっていたなあ、と思っているうちに、はやくも3月の最初の1週間が過ぎ去ってしまいました。 おそろしいことです。 ...

それなのに。

確か14日か15日に結構しんどいことが起こったのです。
ノートを開くと、それを書かないといけません(いえ、別に書かなきゃ書かないでいいんですけど)。
それがおっくうで、ノートを手に取ること自体を先延ばしにしてしまいました。

たまにあるんです、こういうこと。
起こった出来事をノートに書かないといけないという義務感が、ノートを開くハードルになってしまう。
でも、2週間も書かなかったのは初めてかもしれません。

ノートを避けていたので、その間、ノートと併用しているスマホのメモアプリを開く回数が増えました。

空白も記録のうち

…と、こんなふうに、ノートを書いていなくても、ページの空白とメモアプリのログから当時の状況が推し量れます。

空白も記録のうち。
あとで書きたくなったら、覚えていることを書けばよいのだと思います。

無理に空白を埋める必要もない。
ここに文章を残したので、もうノートには書かなくてもいいかなー、とも今は思っています。

書くこと以外に大切なこともある

「書くこと」に助けられたこともたくさんありますが、「書けばすべて解決する」わけでもない。

連日食卓にスーパーのお惣菜を並べることしかできなかったり、寝落ちするまでドラマを見て現実逃避したり、そんなヨロヨロした時間も必要なのだと思います。

ノートに思いを書き散らす代わりに、布団の中でワーッと声を出したり、無心でひたすら歩いたりしないと発散できないこともある。

ずっと「丁寧な暮らし」なんてできない

ていねいな暮らし、ていねいに書いた手帳、ずっとキープできるのが理想です。

でも、漠然とした理想のために、今その瞬間の自分の余裕を犠牲にする必要はないです。

うつくしくおいしい料理が絶妙なタイミングで提供されるお店のフルコースは、ときどきだからよいのであって、それを自分のために毎日用意するのは、ちょっと違いますよね。おいしさを思い出しながらおうちで再現を試みるのは楽しいけれど、それだってときどきでいい。毎日じゃなくていい。

少しずつ復活

手を変え品を変えやってくるしんどさの波状攻撃を受けながらも、ノートを開く時間を確保しつつ、ぼけーっとする時間も自分に許し、どうにかこうにか過ごしています。

バレットジャーナルをはじめて、覚えておくべきことを忘れないでいられるようにもなりましたが、こうして、無駄なことをして遠回りをする自分を許せるようになったのも、この習慣のおかげかなとも感じます。

いやー、大変なことってまとめてやってきますね。いつ終わるか知れませんが、やりたいこともくふうしながら挟みつつ、今日という日を大切に味わっていきたいと思います。

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