ここから出る、という選択
『明日への地図を探して』でもそうでしたが、片方が「別にこのループから抜け出さなくていい、ここで生きていく」と主張します。
十代で青春真っ盛りの『明日への地図を探して』のふたりとは違い、30代で人生の酸いも甘いも嚙み分けていそうな『パーム・スプリングス』では、ループの中に安住したいその理由もまた異なります。
ループにおちいる前の自分のことを忘れてしまうくらい長い間とどまっているナイルズはすっかり達観してしまって、無理してまで現実に戻らなくてもいいやと思っている。
J・K・シモンズ演じるロイもそう。無意味でしかない同じ一日の永遠の連続の中に、自分なりの幸せを見つけて、その状況に満足している。
ループの中では新しい明日が来ない代わりに、人間関係の不安もなければ、病気や死の不安もない。お金の心配もしなくていい。明るい日差しの降り注ぐリゾート地で、ただただ楽しく過ごしていられる。この状況だけ見ると「天国」そのものです。絶望的に退屈そうなことも含めて。
絶望的に退屈そうだなと思って観ていたのですが、サラがこのループから抜け出すため、オンラインで量子物理学を学び始めたとき、考えが変わります。知的探求心さえあれば、永遠の時間の中で学ぶという素晴らしい選択もあるわけです。
1日ループではなく、人生ループものの小説『ハリー・オーガスト、15回目の人生』には、そんなふうにループを利用し、寿命100年の人類が超えられなかった知識と技術の壁を越えようとする人物も現れます。
『ハリー・オーガスト、15回目の人生』
単行本で読んだ記憶があるのですが、図書館で見かけたのをいい機会に、再読することにしました。
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私がループにはまってしまったら、早々に抜け出すことをあきらめてしまうかも、と思ってしまいました。
現実の中のループ
ループの中であれば、変なことをして嫌われたり、がっかりされなくてすむ。自分の言動に責任を取らなくていい。目を閉じて眠りに落ちてしまえば、またまっさらな一日がやってくるのだから。
それと同じ思考回路で、新しい出会いをふさいでできるだけ生身の人間と触れ合わずにすむところで生きていけば、人生の苦さをできるだけ味わわずにすむ。抱えなければいけない未来への不安が最小限にできる。
監督は自らの「コミットメント恐怖症」を克服する試みから本作が生まれたと言っています。
私自身も、トライしてはいつも挫折感を味わわなければならないことに嫌気がさして、新しい人間関係を築くのに躊躇することがよくあります。コロナで人と接する機会がガクンと減って、さびしいなと感じる自分とほっとしている自分とがいる。
ループする毎日にすっかり慣れきってしまったナイルズが、サラを失いたくなくて一緒に洞窟に飛び込む勇気。
たぶん、彼が戻る人生には、課題が山盛りのはずです。サラとの関係も、なんとなく長続きしないような気もします。
それでも、穴だらけの現実、不安だらけの未来に、彼は飛び込んでいく。
手放しで「わーよかったー」と喜べる状況ではないのにそれでも「よかったね」と思えるエンディングでした。
ケイト・ブッシュのCloudbustingが流れるのもよかった。
Kate Bush – Cloudbusting – Official Music Video