晚婚 辽京 読み終わりました(中国語読書)



豆瓣の新刊情報だかレコメンド欄だかに出ていた、1月に出たばかりの《晚婚》という小説を読み終わりました。

著者の辽京は80后で北京人。北京外国語大学の卒業生です。豆瓣からデビューした作家のひとり。

この作品も、もともとは《默然记》というタイトルで豆瓣上で公開していたようですが、このたび改題して中信から出版されたようです。

晩婚

リンク先は豆瓣にしてありますが、微信読書でも読めます。

中国の小説は展開についていけず、最後まで読み切れないものも多いのですが、期待値ゼロで読み始めたこの作品、かなりよかったです。

あらすじ

物語はハネムーン旅行で滞在中のパラオのホテルから始まります。
主人公の婉丝と、夫の杨浩。
彼らの会話から、友人の凌青が最近亡くなったことがうかがい知れます。
そのせいか、彼ら自身のあいだにも、ハネムーンというのになにやらヒヤリとした空気がときおり流れます。装丁に使われているイラストからも、それが感じられるので、読み手は悲しいことが起こる予感を胸に読み進めていくことになります。

婉丝は有名な外資企業の人事部で働いています。起業してバリバリ稼いでいる親友の凌青は元同僚でもあります。過去の失恋を引きずり、長く恋人がいなかった婉丝ですが、凌青が引き合わせてくれたイケメン部下、杨浩とつきあうことに。

英語も堪能で、見た目もよく、何の不満もなさそうな生活を送っている婉丝ですが、自己肯定感がものすごく低くて、読んでいるこちらが疲れてきます。経営者として活き活き仕事をしている凌青を見て、(英語もできないし自分より学歴も低いのになんで成功できるんだろう)などと思い、凌青が仕事だけでなく思いやりのある両親ややさしい恋人にも恵まれ、休みの日はスキューバに打ち込みしょっちゅう海外に潜りに行っているのを見て、(それに比べて私は、)と引け目に感じる。

新しい恋人の杨浩に対しても、前の恋人のことを気に病んだり、育ちのいい彼に、田舎育ちの自分はつりあわないのではないかと不安になったり、気づかってかけてくれた言葉を悪いようにとって、みじめな気持ちになったり。

何よりイライラするのが、ネガティブな気持ちで胸がいっぱいになっている状態で、大事な決断をしたり行動を起こしたりするアグレッシブなところ。ふだんは結構気が利いてご機嫌を取ったり相手の望み通りに動いたりというのはできるのに、自分の気持ちが高ぶったときには周囲の人の気持ちをまったく斟酌できない。腹立つ!

でも、婉丝に対してイライラする自分の気持ちにフォーカスしてみると、そのイライラは、私自身の嫌なところを婉丝に見出しているからだということに気づきます。

いろいろあっても、冒頭がハネムーンの場面なので、婉丝と杨浩はおさまるところにおさまるんだな、と思いながら読んでいきます。

長女体質が読むときつい

婉丝は田舎育ちの長女で、下に妹がいます。
経済的にも精神的にも、自分がこの家族を支えなければ、という状態にありますが、結婚となると、今度はその期待が夫となるひとにのしかかってくることをめちゃくちゃ不安に感じています。

でも、一度自分の背負っているものを恋人に拒まれたのがトラウマになっていて、杨浩にも正直に話せません。

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両親が自分のことをATMのようにしか見ていないのもしんどいですが、自分が犠牲になってでも守ろうとしている妹さえ自分の味方ではないとわかったときの婉丝が気の毒で気の毒で、胸がギューッと痛くなります。

高校生の妹の妊娠がわかり、急遽海外旅行をキャンセルして帰省し、親に知らせないまま堕胎させ、その責任の大きさに押しつぶされそうになっているのに、当の妹はケロッとしていて、「はいはい私の進学費用は姉さんが出してくれるんだから私は姉さんの言うことをおとなしく聞かなくちゃいけないんですよね」みたいな感じの悪い反応を返してきたり、とてもいい環境とはいえない家庭に妹をひとり置き去りにしているという婉丝の罪悪感も、かえって逆手にとって利用しているようなところもある。

結婚の手続きをするために杨浩と一緒に帰った時も、結納金を現金で払う用意がないという杨浩に、婉丝の両親は必ず払いますという借用証を書かせます(書かないと結婚証に必要な書類を出してもらえないから。ひどすぎる)。もうそれだけでも婉丝のいたたまれなさはMAXなのに、完全にギャンブル依存症になっている父親は杨浩と一緒に賭博場に行き、店主とグルになって杨浩をカモにし、大金を巻き上げます。ああ、書いてるだけでしんどい。

ここから、婉丝が深夜、農薬の小瓶を手にして台所に向かい、骨付き豚肉にまぶしたところが完全にサイコスリラーで、この物語はいったいどこに向かうんだとおそれおののきました。読んでいる私は完全に婉丝と一体化して、一家皆殺しにしてももう止むを得ません理解できますオッケーです、みたいな気持ちになっていたので、犠牲になったのが父親の愛犬だけだったと知ったときには、ホッとするやら気が抜けるやら。

でも杨浩からしてみたら、結構なホラーだと思います。杨浩は誰の仕業かきっと気づいていただろうから、それを黙って吞み込み、迷惑をかけられそうな家族を持つ婉丝との関係を続けようとする彼の心にも、何か大きな暗い穴があるんだろうと感じました。そもそも杨浩についてあまり情報がないんですよね。好きにも嫌いにもなれず、ちょっと不気味な存在です。

どうしようもないお父ちゃんも、これで多分、婉丝がブチ切れて次はないということに気づいたんじゃないでしょうか。

読み終えた後の余韻

最後まで読んで、冒頭のハネムーンのシーンと輪のようにつながって、この物語は完成します。
著者の着地点はそこだったのか!と、しばし呆然としました。

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最後まで読み終えて、もう一度最初から読んでみると、1章が始まる前のページに、こう書かれてます。

当一个人放弃追问,衰老这就开始了。

全体を通して、「真実はどうだったのか追いかけるのをあきらめる話」でした。
凌青の両親は、凌青のなきがらを発見することをあきらめ、
杨浩は婉丝が胸に秘めていることを追求せず、
婉丝も凌青がなぜ追い詰められたのかを杨浩に問いただすことをあきらめ、
祖母の死因をはっきりさせることもあきらめます。

いっぽうで、李子墨や李芸はいろんなことをあきらめていないのが対照的です。死んじゃったけど、凌青もあきらめていなかったと思う。

前半の婉丝は、しょうもないことは杨浩に問いただすしこっそり携帯を盗み見したりするくせに、大事なことは言わないし聞かない。

後半の婉丝は、問いただして答えを得ても、それは正しくもないし自分を幸せにもしない、と気づいて、知らないものを知らないままにしておくことにする。

杨浩は婉丝が犬を毒殺したんじゃないか、携帯を盗み見たんじゃないか、と思いながらも追求しない。

婉丝は杨浩が親友を告発して追い詰めたんじゃないか、と思いながらも追求しない。

もちろん世の中には、知らない方が幸せ、ということもあるのだろうけど、冒頭のパラオのホテルのベッドシーンがあまりにも寒々しく、「自分が我慢すればうまくいくのだ」という生き方がしみついてしまった婉丝に、のびのびと両手を広げて草原に寝転がるような、ほがらかであたたかい幸せはやってくるのだろうか、と心配になってしまいました。

主人公の婉丝と比べると、亡くなってしまった凌青はとてもキュートでかわいらしく、多分ダメなところもいっぱいあって嫌われることもあっただろうけど、大切な人をちゃんと大切にして、生き切ったんじゃないかと思いました。

後半でとある登場人物が婉丝に、婉丝の知らない凌青のダメな部分を意地悪な感じで知らせるんだけど、その隠された凌青の一面は、全然ダメじゃなくて、むしろ一層彼女を魅力的に見せるものでした。

…などと、読み終わったあと、登場人物のひとりひとりの気持ちや背景を考察したくなるよい小説です。
日本語版が出ればいいのに!

既刊に短編集が1冊あるので(《新婚之夜》)、また読んでみたいと思います。