(読了)書くためのアウトライン・プロセッシング: アウトライナーで発想を文章にする技術



読み終えました。

Wordのアウトライン機能はこれまでも仕事で日常的に使っていました。 今回、Kindleのセルフパブリッシングでは、るうさんの「MSW...
ごりゅごさんとTak.さんの対談を聞きながら、バレットジャーナルにからめ、思い浮かんだいろんなことを書きとめます。 ごりゅごさ...

Tak.さんの著書は、読んでいるうちに自分の思考の枝が(よそへよそへと)どんどん広がっていく、私にとってはとても不思議な類の本です。「書くこと」について読んでいるのに、頭では全然違うことが思い浮かび、広がっていく。

過去2冊について書いた記事を読んでもわかるように、Tak.さんのアウトライナーの使い方についての文章を読みながら、結果的に自分自身について深く考え、書評なのかよくわからない感想を書いてしまっています。

Tak.さんと私自身に共通点が多いこともあり、読んでいるうちにTak.さんの文章に自分の思考が2重らせんを描くように絡んで育っていくのだろうと思います。

アウトラインに拘束される

出版社の編集者さんは、引き合いの連絡をくださる際、テーマとアウトラインをきちんと提示してくださいます。

その通りに書いていけば簡単にできあがりそうにも思えるのですが、あらかじめ目次として作られたアウトライン通りに書いていかなければならないことに抵抗…抵抗というよりもむしろ恐怖感がありました。自分は絶対にこの通りには書けないだろうという自覚があるからです。

結局、いただいたテーマに共感してアウトライン通りに書き始めた原稿も、壁にぶつかり、結局決められた構成をいったん無視して文章を書きため、最終的にもともとあったアウトラインに文章の破片をはめこんでいくというプロセスを経て校了に持ち込みました。

この過程、この経験を、まるで私自身が書いたかのように、1冊を通して言語化されているのがこの本です。

文章を書く手が止まってしまういくつかのポイントがあります。
行き止まってしまったと感じるときに、アウトラインを操作することで次の段階に進むことができる、あの感覚が文章に詰まっています。わずかなギャップにつまづき、そこを越えられずにいるところに、どこかからスッと段差解消スロープが提供されたような。文章をシェイクすることで、ぎくしゃくとした流れが、フッとなめらかに変わっていく、あの感じ。

書く、つなげる、ととのえる

私にとって、発想のタイムラインはこのブログ記事です。

その時々に思い浮かんだことを記事にして、あとからタグやカテゴリごとに見直し、並べ替え、ひとつの本の原稿としてととのえる段階で、新しいテーマが思い浮かぶ。

そのテーマを語るためにもう一度構成を崩し、並べ替え、削り取り、新しいものを加え、そうしているうちに、はじめに予想していたものとはかなり違うものができあがる。

最初はこうした作業を場当たり的にやっていたのですが、何度か同じことを繰り返していると、「そろそろシェイク」とか、「そろそろシェイクをやめて収束に向かって進むころあい」というのが感覚的にわかってきます。

その「感覚的に」やっていることが、この本では方法論としてまとまっていて、合わない眼鏡の度を調整し、くっきりとした世界を目にしたような、スッキリとした気持ちになれました。

「広げ続けることをやめ、シェイクを収束に向ける」ことについては以前Tak.さんとじっくりお話をしたことがあるのですが、うまく表現できずにただばらまいた私の思いが、Tak.さんの中できちんとかたちになり、まとめられていることに感動もしました。

わたし語りからわたし語りへ

技術や方法について紹介するとき、「わたし」の個人的な経験や感想はとりのぞいていった方が普遍性・再現性の高いものになるのでしょうか。

私の場合、自分がその方法をどうやって取り入れていくかを具体的にイメージできるので、著者の個人的な部分がしっかり書かれているほうが好きです。

たとえ著者がスーパーエグゼクティブであっても、子どもがいてもいなくても、性が異なっても、私との共通点はあり、その人の説く方法の中に取り入れられる部分はあるはずです。

最近では、「自分とは違いすぎるから参考にならない」という低評価レビューを見ることも多いですが、違うところではなく似ているところに注目すれば、得るものも大きくなると思います。

「わたし」が語られるとき、それを読んでいる私自身は、そこに自分を当てはめていきます。著者の気持ちに自分を寄せていきます。

『書くためのアウトライン・プロセッシング』は、その近づいてくる読者の存在を感じながら、歩みを合わせつつ進んでくれるのです。進むペースがちょうどいいというか、置いてけぼりにされずに読んでいける。

手前味噌になりますが、『ときほぐす手帳』では、うまくいった方法だけではなく、自分のつまづきについても文字数を費やし、そこにたくさんの読者が共感してくださいました。「わたし語り」は、ただシステマティックに方法論を述べた文とは違い、読者自身の発想を促し、思考の広がりを助けてくれる一面があります。

進んではつまづき、戻り、また試す。

今の世の中が失敗をあまり許してくれない雰囲気をたたえていることもあり、「失敗しない生き方」「最速でたどり着く方法」が歓迎されているようですが、現実の自分自身は結局、行って戻ってやり方を変えてもう一度、を繰り返しながら生きています。

ありもしない(あったとしても宝くじに当選するレベルでしか存在しない)最短ルートを探すよりは、「行って戻って」をラクにやる方法を身につける方が、行きたいところにたどりつける確率は増えるのではないかなと感じます。

書くことも、生きることも。

文章を書くことに関する具体的な手法についても、たくさん気づきや共感がありましたが、私にとっては、読みながら「生き方」について考えてしまう、味わい深い本でした。

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