今年3月に出た本で、ずっと気になっていましたがじっくり手に取る時間と心の余裕がなく、ようやく読むことができました。
ページを繰る指が震えてしまうくらい、ワクワクする本です。
海外文学が好きで、邦訳書をよく読むひと、それだけでは物足りず、原書でも読んでみようとチャレンジしているひと、そしてさらに作品を愛する気持ちが高まり、原書を自分で日本語に翻訳してみようとこころみているひと、どなたにもおすすめです。
文芸翻訳への憧れ
国際会議やビジネスの重要な交渉の場で活躍する通訳者に憧れる人がいるように、海外文学作品を訳して日本に紹介する翻訳者になりたい、と勉強に励む人もいるでしょう。
私はどちらかというと翻訳者志望で、留学していた当時もひたすら、現地書店で買って気に入った中国語の本を日本語に訳す作業に没頭していました。日本に帰ってもネットで気に入った作家の短編を見つけては訳す練習をしていました。
しかし、現実は厳しい。結婚、出産で中国語を使う仕事からも離れざるを得ず、忙しい毎日の中で少しずつ、その情熱は忘れ去られていきました。
いちばん残念だったのは、翻訳技術を学ぶ機会を持てなかったことです。
私は、物語を翻訳する方法を学びたかったのだ、と、この本を読んであらためて自分の情熱がどこに向いていたのかを再確認しました。
仕事にしたいとか、本を出したいとか、それよりもっと前のところ。
「自分で納得のいく翻訳ができるようになりたい」
翻訳観の変遷
藤井光さんによる前書きと第1章は、特に魅力的でした。
翻訳の歴史を知ると同時に、原書を読んだり自分で訳してみたりしたときに、不思議に思ったこと、誰かに尋ねて教えてほしいと思っていたあれこれが、どんどん解決されていきました。
Actual Work 2では、藤井光さんの翻訳授業がどのようにして進んでいくのか、まるで実際に教室にいるような気持ちで読むことができます。
また、Actual Work3、笠間直穂子さんの章では、翻訳の際気をつけること、したほうがいいこと、しないほうがいいことが語られます。
翻訳にまつわる悩み
ひとりで翻訳をしているときに気になるのが、自分が本当に原文を理解できているのかという不安に加え、表現においてどこからが逸脱になるのか、というところです。
この本を何度も読んでいると、プロの翻訳者でも「わからないこと」がたくさんあって、迷いながらひとつひとつことばを選んでいくのだということがわかります。翻訳に対して非難を受けることもあること(そして同じように翻訳者自身も誰かの翻訳に対してジャッジする)、そのヘビーな経験にどう対処するか。このこともとてもためになりました。
英語以外の翻訳者も
英語だけでなく、この本には多くの翻訳者が参加しています。
話題になった韓国の小説『カステラ』『ピンポン)』の斎藤美奈子、中国語の温又柔、トルコのオルハン・パムク作品の宮下遼など、どきどきするようなラインナップです。
コラムのタイトルも、「著者に直接質問したりしますか?」「良い翻訳ってどんな翻訳ですか?」「翻訳家に向いてる人ってどんな人でしょうか?」など、知りたかったことばかり。
こんなふうに翻訳者さんたちは奮闘しながら、私たちに物語を届けてくれるのだ、と、ワクワクします。
先日読み終わったばかりの『すべての見えない光』も、翻訳者の視点で読み直すとまた違った面白さがありそうです。
英語学習者だけでなく、外国語を学ぶすべてのひとにお薦めの本です。