※本書に収録した作品130編は、著作権の保護期間を経て公開が可能な状態にあるため、ここに出版させていただきました。
はじめに
数年前、急に思い立って三か月の長い船旅に出ました。夏の南半球を一周し、晴れた南極の海を遊覧することができました。
どちらかというと独りでいるのが好きな人間なので、衣類や日用品はそこそこに、本やノートや万年筆など、暇つぶしができる道具をたくさん船に持ち込みました。外洋のど真ん中でもインターネットにつながりはするものの、日本国内に比べると料金が高額なので自然とオフラインでいる時間が長く、読書や編み物がはかどりました。
その中でも特に気に入った遊びが「書写」でした。船尾のソファに腰かけ、白くレースのように広がる航跡をぼんやり眺めている時間には、最近のひとが書いたものよりもむしろ昔の旅の記録の方が気分にあいました。昔むかしのひとたちが、現代の私と同じように船の上で、寄港の日をワクワクと待ちかねたり、船酔いで寝込んだり風邪をうつされたり、海や空や星を眺めたりしている紀行文を探しては、好きな一節を見つけてノートにせっせと書き写しました。

船の上から見る海と空は、きっと百年前とほとんど変わらない景色のはずです。そして日本の家族を想ったり、自分のこれからのことを考えたりするのも、私も百年前のひとたちもきっと同じなのだろうなあと考えていました。毎朝毎晩、日の出と日の入りを見にデッキに出ることが一大事で、気のすむまで本を読み、ことばをノートに書きとめ。船に乗る前は退屈な海上の時間をどう過ごすかが課題だったのですが、振り返ってみれば、いちにちじゅう空と海が自分を包み、あたまをからっぽにしてそのうつくしさをただただ味わうという時間をもてたことが、なによりも貴重で贅沢なことだったのだと今ならわかるのです。
そのときの気分をどこかにしまっておきたくて、著作権の保護期間を経て公開が可能な状態にある作品から海と船と旅にまつわる文章をあつめ、私自身が撮影した写真を加えて一冊の本にしてみました。 さらっと読むのはもちろん、書き写すのもおすすめです。手を動かすことで、しみじみとした実感がからだに残ります。気に入った文は声に出して読むとまた違ったよさがあります。全文を読みたくなったら図書館に行きましょう。古い本を抱えて読みふけるのも旅のひとつです。時空を超えた。
私と同じように長い船旅に出る人に楽しんでもらえればうれしいし、今の私のように我が家の窓辺で、のんびりと一日ひとつ書き写せば、知らない街を旅した気分を味わえるかもしれません。そんなふうに心をさまよわせたあとで見る夕日は、きっといつもより美しく目に映るのです。
船旅書写 アンソロジー
アンリミで読めますのでぜひ!!


