嫌いな理由



学校でのお母さん付き合いが苦手です。

何を話せばいいかわからないということもあるし、自分の話したことが相手の気分を害したらいけないと思って不安というのもあります。

ひとりひとりは別に悪い人ではなく感じがいい人ばかりなのに、集まると噂話ばかりのグループもあったりして、そういうところに所属しなければならない経験を何度かすると、人が集まる場所自体に嫌悪感を持ってしまったりします。

だから学校に出向くのも嫌いです。

先日読んだ本の中にこういう一節があって、感銘を受けてハイライトを入れました。

“Sometimes we hate the things we are afraid of,”

嫌いなのは、こわいから。
こわいのは、知らないから。

隣国に対する一部の日本の人たちに生まれる感情も同じようなものかなと思います。

その人たちのことをよくわからないから、こわがって排除しようとする。

急速な経済成長を遂げている隣国に対して感じている恐れが憎しみに転化する。

かつては日本も恐れられ嫌われた歴史があるのに、同じことを繰り返すのは、人間が等しく持っている性質だからかもしれません。

こわがって逃げているばかりじゃつまらないなと思って、今年はPTAもさっさと引き受けることにしました。

いいこともありました。
知らない人ばかりでこわいなら、知ってる人を作るしかない。

こわいものはじっと見て観察すれば、だんだんこわくなくなる。と、ブログを読み返してたら昔の自分も言ってました。

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