「BuJoは非効率」バレットジャーナリストを煽る記事を読みました

かなり前の記事なのですが、Bullet Journalに関する記事を探していたところ、たまたま見つけて今日読みました。

The Bullet Journal: why analog task management doesn’t work – Sandglaz Blog

この記事が書かれたのは2013年。
キックスターターで公式サイト設立と公式ノート販売のための資金を集める前の話です。
キーも今のものと違う古いタイプですね。

アナログでのタスク管理はうまくいかないという主張

この記事の著者は、とにかく紙とペン「だけ」でタスクやスケジュール管理をする面倒くささがイヤなようです。

  • とにかく時間を食う非効率なシステム
  • 融通がきかない
  • 優先順位をつけられない
  • そもそも紙とペンでRapid Logging(素早く記録すること)は無理
  • 他者と共有できない
  • ルールが多すぎてストレス
  • イレギュラーな環境でのメモ取りが考慮に入れられていない
  • アイデアやタスクが二度と読まれることのないページに埋もれていく

といった感じで、ひたすらデメリットを挙げていっています。

Bullet Journal愛用している私ですが、半分くらいはこのライターさんに賛成です。

でも、そのデメリットを工夫で乗り越えるのが楽しいんですよ!

アナログとデジタルのハイブリッドで運用

Bullet Journalを取り入れているひとたちの多くは、私も含め、デジタル機器とアナログなノートをうまくバランスをとりながら運用しているんじゃないかと思います。

二度手間になりがちなスケジュール管理の部分はデジタルツールに任せておいて、タスク管理・アイデア保管庫としての役割をアナログノートに割り当てて、異なる2つのタイプのツールを適材適所でうまく使うというふうに。

Bullet Journal開発者のライダーさんが、「すべてを一冊のノートで」と言っているので、この記事の著者はそこに反論したいんだろうなあとは思うんですけど。

このブロガーさんが「ここがちょっとね」という部分は確かに私も「ここはちょっと」と思っていて、でもそこで立ち止まらずに別の方法を取り入れることでバレットジャーナルのいいところだけを集めて運用できています。

どういうふうに取捨選択しているか、ちょっと紹介してみます。

フューチャーログとマンスリーログ

マンスリーログは省いています。
Bullet Journalのビデオでは、このマンスリーログを書く部分がかなり印象的なんですけどね。
やはりあの限られたスペースにすべて書きつけるのは無理だなと思います。日付を書くのも面倒。

フューチャーログは、思い出した・思いついたときに書き込む場所として使っています。

スケジュール管理はスマホのカレンダーアプリを利用。
フューチャーログから必要なものを転記しています。

ペンとノートを取り出せないときはどうするのか

通勤ラッシュの電車の中でアイデアをメモするのに、ノートとペンを出すのは不便じゃないか、と、記事を書いた人は主張していますが、そのときはスマホやスマートウォッチを使ってメモを取ればいいじゃないですか。

こういう議論になると、細かいところで意固地になっちゃうんですよね。

ルールが厳しすぎ

自分の生活に合っていないきまりごとは全部無視します。
新しいBulletのルールも自分に合わないので採用していません。

私にとってのバレットジャーナルの決まりは、タスクのあたまに□を書いて、タスクが完了したら塗りつぶす、しなかったら未来に移行するあるいは削除する。
何か書き留める前にはまずタイトルを決めて書く
思いついたことはスッと書き留められるように、複雑なルールはつくらない。

バレットジャーナル モレスキン

書き留めたものがページに埋もれていく問題

せっかく記録したものが活かせないというジレンマは、アナログであろうがデジタルであろうが同じです。

意志の力を必要とせずに仕組みを作れるという面ではデジタルに軍配が上がりますが、デジタルツールを使えばすべて解決とはいきません。

記録したものの検索性を高める工夫については、セルフ出版したKindle書籍「ちいさなくふうとノート術」にも書いていますが、私はノートのページを撮影してEvernoteに保存しています。
Evernoteは画像内の文字も認識して検索してくれるので、必要な時は過去に書いたことを検索して探し出すこともできます。

ツールを使うことでどうなりたいと思っているか?

最近ノートを開いていて思うのが、「手書きで字を書いて、それを読み返すのがある種の癒しになっている」ということです。

SNSで見かけるアーティスティックなバレットジャーナルの画像を見て、「これは私のとはちょっと違う…」とは感じますが、書くこと自体が癒しになっているんだろうなと想像できるので、「そういう目的もアリだね」とうなずけます。

普段はただひたすら黒一色で書き連ねていくだけですが、たまにイラストを描いてみたり、マスキングテープで飾ったりすると気持ちがはずみます。書くことの目的は、効率化だけではないのです。

マンダラぬり絵など「紙に向かって無心に描く・塗る」タイプの本がよく売れていますが、本を買う人たちは別に絵がうまくなりたいわけではありません(なりたい人ももちろんいるでしょうけど)。無心に描く時間とツール、描いた後に訪れるであろう心の平安、あるいは満足感を求めている。
「こんなもの描き続けたっていつまでたっても絵描きにはなれないよ」という批判は的外れです。

ちょっと例えが変だなと自分でも思いますが。

月の初めにノートにまっすぐな線を何本も引き、毎月同じように日付を書き込む、という作業は、効率という面ではムダなことに思えますが、効率以外のものを目的にしているのなら、それはとても有意義な作業になります。

逆に言うと、線を引くことがすごく面倒に感じるのであれば、それは本当に無駄な作業なので、省くべきプロセスです。

冒頭に紹介したブログ記事もそうですが、手帳界隈のユーザーのやりとりを見ていると、使う人によって目的が大きく違うのに、一緒くたにして議論してしまって、お互い平行線で、疲れてしまう。というようなことがちょくちょく起こっているように感じます。

バレットジャーナルは、同じ名前を持つ手帳術なのに、オリジナルと発展型とでかなりユーザー間の目的意識にギャップが生まれてきたことで、余計にそういった議論が発生しやすいように思います。

結論としては、手帳術は百人いれば百通りなので、自分には無駄なことでも別のひとにはそうじゃないし、あの人が「このやり方がいちばんいい!」と主張してても、その主語はあくまで当人。別にそれ以外の人の手帳術を否定しているわけじゃないので、噛みついたり悲しんだりしなくて大丈夫。

ということでした!